優しいのみもの

「優しい」・・って、私基準です。

2021-01-03から1日間の記事一覧

何似生(かじせい)

禅 語(出典『碧巖録』) 比べてみてどうだろうか、の意。 何か。如何に同じ。 大燈国師(だいとうこくし)が弟子達に課した「三転語」の最初に用いられている。 すなわち 「朝(あした)には眉を結び、夕には肩を交ゆ、我何似生」というもので、 朝におはよ…

也風流(またふうりゅう)

禅 語(出典『五家正宗賛』) 「不風流処也風流」 (ふうりゅうならざるところまたふうりゅう)から採ったもので、 これまた風流で大変結構という意味ではなく、 風流でも何でもないが、そのことが風流であるということ。 ともすると趣向や技巧を凝らして風…

破沙盆(はさぼん)

禅 語(出典『五燈会元』) 心は移ろいやすく、捉えがたいものだというたとえ。 「破沙盆」は割れたすり鉢のこと。 密庵禅師(みったんぜんじ)が師の応庵禅師に 「仏の本質とはいったいどのようなものでしょうか」と尋ねたのに対して 「破沙盆」と答えた故…

吹毛剣(すいもうのけん)

禅 語(出典『碧巖録』) ふわっと落とした毛がスパッと切れるほどの鋭利な剣のこと。 私達が本来持っていなければならない仏性をたとえたもので、div しがらみや煩悩を断ち、執着を断つ心の働きである。 私達はこの剣を研ぎ澄まさなければならないが、それ…

一日不作一日不食(いちにちなさざればいちにちくらわず)

禅 語(出典『五燈会元』) 自分が一日になすべきことをしなかったら、その日は食事をしない、ということ。 「作」は働くの意味で、全問における作務のこと。 唐代の名僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)は年老いてもなお、 毎日の作務を怠らなかった。 老…

諸悪莫作衆善奉行(しょあくまくさしゅぜんぶぎょう)

禅 語(出典『七仏通戒偈』) 悪いことをしないで、善いことだけを行いなさい、ということ。 釈尊以前の七仏が、共通して説いた 「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」の偈の中にあり、 釈尊以来、仏教の根本を伝える重要な言葉。 唐代の道林禅師は、…

光陰可惜時不待人(こういんおしむべしときひとをまたず)

禅 語 月日の経つのは早く、また時間は待ってなどくれないから、 時間を大切にしなさい、ということ。 月日の過ぎ去る速さは、 まさに「光陰如箭」(こういんやのごとし;『五燈会元』)や 「光陰似流水」(こういんりゅうすいににる)である。 また、過ぎ去…

春入千林處々花(はるはせんりんにいるしょしょのはな)

禅 語 春を迎えて、林に分け入ると、至る所で花が咲いている。 この句の後に、 「秋沈萬水家々月」 (また秋になれば、月が家々の清らかな水に映って輝いている)が続く対句。 万物の普遍的な心理である仏性は、あらゆるところに満ち溢れ、 それはどこにあっ…

如何是異中異(いかなるやこれちゅうのい)

禅 語 どのようなものを指して、 変わり者の中の変わり者と言うのか、という問いかけ。 「異」は、異形異類、変わり者という意味である。 では、変わり者とは何か。 China唐代の臨済僧、南泉普願(なんせんふがん)は臨終を前にして、 弟子に 「あなたは亡く…

一花開天下春(いっかひらきててんかはるなり)

禅 語(出典『虚堂録』) 一輪の花が開き、そのことによって天下に春がやってきた、ということ。 単に春の訪れを感じさせる語句としても使われる。 一輪の花を、禅の初祖・達磨大師に置き換えると、 達磨大師がインドからChinaニやって来て禅を伝え、 そのこ…

青山元不動 白雲自去来(せいざんもとふどう はくうんおのずからきょらいす)

禅 語(出典『景徳伝燈録』) 対句である。 青くそびえる山は不動のものであり、 その周りに白雲がやって来てはまた去っていくという情景。 山という不動の世界は、 厳然と動じることのない心、つまり仏性をたとえたものであり、 雲という動く世界は、自由に…

松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)

禅 語(出典『続伝燈録』) 松の緑は千年も万年も変わることがない。 この句の後に続く 「不入時人意」(ときのひとのこころにいらず)と対句になっており、 二句を合わせて理解すると、意味が更に深まる。 つまり、松の美しい常緑に気が付く人が少なくて残…

殿閣生微涼(でんかくびりょうをしょうず)

禅 語(出典『東坡禅喜集』『柳公権詩』) 宮殿の中を風が吹き抜け、微かに涼しさを感じる、ということ。 この句の前に 「薫風自南来」(くんぷうみなみよりきたる)があり、対句になっている。 北宋代の禅僧で、『碧巌録』の著者である圜悟克勤(えんごこく…

夏雲多奇峰(かうんきほうおおし)

禅 語(出典『彭沢集』) 夏の雲は空高くに湧き起こり、あたかも奇峰が連なっているように見える。 六朝(りくちょう;229~589)時代の東晋の詩人、陶淵明の詩句にある言葉。 「奇峰」と言えば、China四川省の中部にそびえる 峨眉山(がびさん)の奇岩を思…

看々臘月我盡(みよみよろうげつつく)

禅 語(出典『虚堂録』) 「看々」はみるみるうちにと言う意味の他に、よく見なさいという意味がある。 「臘」はここでは「命」のこと。 従って、自分の命が尽きようとしていることを、しっかりと見届けなさい、 ということ。 人生は味方によっては長くもあ…

萬里一條鐵(ばんりいちじょうのてつ)

禅 語(出典『人天眼目』) 一条の鉄線が万里の果てまで、真っ直ぐに続いている。 このように、途中で横道にそれることなく、一つの道を最後まで歩き続けなさい、 ということ。 「一條鐵」とは、どこまでも続く一本道の事で、絶対的な心理や純粋な心を指す。…

無事是貴人(ぶじこれきにん)

禅 語(出典『臨済録』) 何事もしない人こそが貴人である、ということ。 臨済禅師の言葉であり、禅師は 「無事是れ貴人、但だ造作すること莫れ平常なり」と説いた。 「無事」とは「無為」のこと。 つまり、何の造作を加えることもなく、一切の計らいを配す…

坐看雲起時(ざしてはみるくものおこるとき)

禅 語(出典『王維詩集』) 天地自然と一体化した境地の事。 唐代の詩人で、画家でもある王維の「終南別業」という詩の一節で、 「行至水窮處」(ゆきてはいたるみずのきわまるところ) の後に続く一句である。 川の流れを辿っていくと、いつの間にか源に至…

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