コーヒーの歴史
「コーヒーノキ」の原産地は「エチオピア」と考えられています。
15世紀頃から、イスラム教徒の一部の信者・スーフィー達が
儀式の際に飲んでいたコーヒーの人気に目を付けたオスマン帝国が、
イエメン地方で本格的なコーヒーの栽培を始めました。
コーヒーは最初、門外不出の作物として、発芽できる状態での持ち出しを
禁止し、アラビアがコーヒー豆供給を独占します。
しかし1505年、アラブ人によって、
イエメンからセイロンへコーヒーノキが伝えられます。
また、1695年にはイスラム教巡礼者・ババ・ブータンが
イエメンからインド・マイソール(インド南西岸)に
繁殖力のあるコーヒー豆を伝え、
インドでコーヒーの生産が始まりました。
インドネシアには、オランダ東インド会社が
1658年にスラウェシ島に移植を試み、
1680年にはジャワ島に
イエメン・モカからコーヒーノキの苗木を移植し、
1696年にバタヴィア(ジャカルタ)に
プランテーションを設置します。
このコーヒーノキが1706年に、
ジャワ島からアムステルダム植物園へ持ち込まれ、
この木の種子が元になって、
世界各地にコーヒーが伝播することとなりました。
1714年、アムステルダム市長から
パリのマルリー城のルイ14世にコーヒーノキが送られ、
このコーヒーノキが植物園で育てられます。
このコーヒーノキが
パリからレユニオン島などのアフリカ西海岸諸国で移植されます。
一方南米には、1723年に仏海軍将校ガブリエル・ド・クリューが
パリ植物園からコーヒーノキの苗木を密かに入手して
マルティニク島(カリブ海)へを持ち込み、
そのコーヒーノキが南米大陸へ入り、
後に、大供給地となっていきます。
1860年代~1880年代にかけてアジア地域に広がったサビ病の被害により、
インドネシアのコーヒー生産は一時衰退します。
しかし1897年に、仏・植物学者ピエールがウガンダ西海岸で
サビ病性に強い「ロブスタ種(カネフォラ種の一変種)」を発見、
命名します。
それにより、それまで栽培されていた「アラビカ種」に代えて、
病害に強い「ロブスタ種」のコーヒー樹が栽培されるようになりました。