コーヒーの歴史
コーヒーの樹の原産地はエチオピアと考えられています。
エチオピアの高原では、今でも野生のコーヒーの木を見ることが出来ます。
コーヒーの始まりには諸説ありますが、
山羊が赤い実(コーヒー豆)を食べるのを見てコーヒーの飲用が始まったという説、
コーヒーで人々の命と町を救った説の2つが特に有名です。
10~11世紀頃、コーヒー豆はエチオピアからアラビア半島に伝えられ、
薬用として用いられた記録残っています(コーヒー最古の記録)。
14世紀になると、コーヒーを飲む習慣が
トルコやエジプト、イラクなどのイスラム教寺院に伝えられます。
このアラビア式のコーヒーは
「Qahwa」(カフワ:アラビア語でコーヒー)として知られています。
イスラム寺院で栽培されていたコーヒーは、
国外への持ち出しが禁止され、厳しい監視下に置かれました。
1600年頃、インドの僧侶、ババ・ブダンがメッカ巡礼に訪れた際に、
こっそり”7粒”持ち帰ります。
17世紀、オランダ東インド会社により、
コーヒーはインドネシア(ジャワ島)に移植されます。
そのコーヒーの苗木はフランスのルイ14世に献上され、
マルセイユにあるアムステルダム植物園で栽培されます。
それを仏海軍将校ガブリエル・ド・クリューがこっそり入手し、
カリブ海のマルティニク島、スリナム、仏領ギアナ、
そしてフランシスコ・デ・メロ・パリェタによってブラジルに持ち込まれ、
ブラジルが「コーヒー大国」になる始まりとなったのです。
17世紀後半になると、
イギリスでは「コーヒーハウス」が、フランスでは「カフェ」が人気となります。
そこは単にコーヒー飲む場所ではなく、議論や交流の場であり、思想、政治、
文化に大きな影響を与えるようになりました。
17世紀後半には、ヨーロッパを介してアメリカにコーヒーが伝えられ、
その後アメリカは、世界最大のコーヒー消費国になりました。
19世紀末から20世紀にかけて、
アフリカで「ロブスタ種」「リベリカ種」のコーヒーが発見され、
欧州人がその栽培をアフリカに持ち込む一方、
日本人の加藤サトリが「インスタントコーヒー」を発明しました。
日本におけるコーヒーの歴史
日本に初めてコーヒーが伝えられたのは、17世紀初頭、オランダ商人を通じての
ことと言われています。
鎖国時代のためコーヒーは広がらず、
日本人の最初の試飲記録は、長崎奉行所に勤めていた太田蜀山人によるものでした。
江戸の末期からは輸入が始まって、明治に入ると西欧文明の入り口として
ヨーロッパ風カフェが開店しますが、軌道に乗ることはありませんでした。
しかし、明治末期にブラジル政府からコーヒーの無償供与を受けて、
「カフェパウリスタ」が創設され、全国に支店が展開されることを糸口に
徐々にコーヒーは広がっていきました。
昭和9(1934)年には全国にカフェは3万軒に達し、
輸入量も明治10(1877)年の18tが、昭和12(1937)年には8,571tにまで伸びました。
しかしその後は戦時体制の強化により、昭和13(1938)年に輸入規制が始まり、
昭和17(1942)年には完全に輸入が途絶えます。
戦後のコーヒーの輸入再開は昭和25(1950)年でした。
昭和35(1960)~昭和45(1970)年の間にコーヒーの輸入が自由化され、
高度成長期などもあって、輸入量は急増しました。
現在は、世界第4位の消費国になるほど、コーヒーは日本で愛飲されています。
こういった背景には、日本人が築いてきたコーヒー文化の影響があります。