コーヒー/歴史
18世紀初め、南米北東部に位置するフランスの植民地
(1946年3月19日、植民地から海外県に変更)「仏領ギアナ」では、
コーヒー生産を目論んでいましたが、
既にコーヒーが渡っていた隣国のスリナムからコーヒーを得ようとするも
なかなか渡してもらえず困っていました。
その頃、罪を犯してスリナム(当時:オランダ領ギアナ)に逃げていた
ムールジュという男が、
「恩赦と引き換えにスリナムのコーヒーノキを盗み出す」と交換条件を提示し、
見事コーヒーノキを盗み出したことから、
仏領ギアナでは念願のコーヒー栽培が可能になりました。
衝突し合う仏領ギアナとスリナムの会談の場に仲裁として送られてきたのが
フランシスコ・デ・メロ・パリェタです。
実は、彼には「コーヒーノキを持ち帰る」という秘密の任務がありました。
フランシスコ・デ・メロ・パリェタは
フランス領事夫人を誘惑、親しい関係になります。
彼の任務を知らされた夫人は、
別れの際にコーヒーノキの若木を忍ばせた花束を彼に手渡します。
そしてその若木が、ブラジルに持ち込まれ、
ブラジルが「コーヒー大国」になる始まりとなったのです。