優しいのみもの

「優しい」・・って、私基準です。

何似生(かじせい)

禅 語(出典『碧巖録』) 比べてみてどうだろうか、の意。 何か。如何に同じ。 大燈国師(だいとうこくし)が弟子達に課した「三転語」の最初に用いられている。 すなわち 「朝(あした)には眉を結び、夕には肩を交ゆ、我何似生」というもので、 朝におはよ…

也風流(またふうりゅう)

禅 語(出典『五家正宗賛』) 「不風流処也風流」 (ふうりゅうならざるところまたふうりゅう)から採ったもので、 これまた風流で大変結構という意味ではなく、 風流でも何でもないが、そのことが風流であるということ。 ともすると趣向や技巧を凝らして風…

破沙盆(はさぼん)

禅 語(出典『五燈会元』) 心は移ろいやすく、捉えがたいものだというたとえ。 「破沙盆」は割れたすり鉢のこと。 密庵禅師(みったんぜんじ)が師の応庵禅師に 「仏の本質とはいったいどのようなものでしょうか」と尋ねたのに対して 「破沙盆」と答えた故…

吹毛剣(すいもうのけん)

禅 語(出典『碧巖録』) ふわっと落とした毛がスパッと切れるほどの鋭利な剣のこと。 私達が本来持っていなければならない仏性をたとえたもので、div しがらみや煩悩を断ち、執着を断つ心の働きである。 私達はこの剣を研ぎ澄まさなければならないが、それ…

一日不作一日不食(いちにちなさざればいちにちくらわず)

禅 語(出典『五燈会元』) 自分が一日になすべきことをしなかったら、その日は食事をしない、ということ。 「作」は働くの意味で、全問における作務のこと。 唐代の名僧、百丈懐海(ひゃくじょうえかい)は年老いてもなお、 毎日の作務を怠らなかった。 老…

諸悪莫作衆善奉行(しょあくまくさしゅぜんぶぎょう)

禅 語(出典『七仏通戒偈』) 悪いことをしないで、善いことだけを行いなさい、ということ。 釈尊以前の七仏が、共通して説いた 「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」の偈の中にあり、 釈尊以来、仏教の根本を伝える重要な言葉。 唐代の道林禅師は、…

光陰可惜時不待人(こういんおしむべしときひとをまたず)

禅 語 月日の経つのは早く、また時間は待ってなどくれないから、 時間を大切にしなさい、ということ。 月日の過ぎ去る速さは、 まさに「光陰如箭」(こういんやのごとし;『五燈会元』)や 「光陰似流水」(こういんりゅうすいににる)である。 また、過ぎ去…

春入千林處々花(はるはせんりんにいるしょしょのはな)

禅 語 春を迎えて、林に分け入ると、至る所で花が咲いている。 この句の後に、 「秋沈萬水家々月」 (また秋になれば、月が家々の清らかな水に映って輝いている)が続く対句。 万物の普遍的な心理である仏性は、あらゆるところに満ち溢れ、 それはどこにあっ…

如何是異中異(いかなるやこれちゅうのい)

禅 語 どのようなものを指して、 変わり者の中の変わり者と言うのか、という問いかけ。 「異」は、異形異類、変わり者という意味である。 では、変わり者とは何か。 China唐代の臨済僧、南泉普願(なんせんふがん)は臨終を前にして、 弟子に 「あなたは亡く…

一花開天下春(いっかひらきててんかはるなり)

禅 語(出典『虚堂録』) 一輪の花が開き、そのことによって天下に春がやってきた、ということ。 単に春の訪れを感じさせる語句としても使われる。 一輪の花を、禅の初祖・達磨大師に置き換えると、 達磨大師がインドからChinaニやって来て禅を伝え、 そのこ…

青山元不動 白雲自去来(せいざんもとふどう はくうんおのずからきょらいす)

禅 語(出典『景徳伝燈録』) 対句である。 青くそびえる山は不動のものであり、 その周りに白雲がやって来てはまた去っていくという情景。 山という不動の世界は、 厳然と動じることのない心、つまり仏性をたとえたものであり、 雲という動く世界は、自由に…

松樹千年翠(しょうじゅせんねんのみどり)

禅 語(出典『続伝燈録』) 松の緑は千年も万年も変わることがない。 この句の後に続く 「不入時人意」(ときのひとのこころにいらず)と対句になっており、 二句を合わせて理解すると、意味が更に深まる。 つまり、松の美しい常緑に気が付く人が少なくて残…

殿閣生微涼(でんかくびりょうをしょうず)

禅 語(出典『東坡禅喜集』『柳公権詩』) 宮殿の中を風が吹き抜け、微かに涼しさを感じる、ということ。 この句の前に 「薫風自南来」(くんぷうみなみよりきたる)があり、対句になっている。 北宋代の禅僧で、『碧巌録』の著者である圜悟克勤(えんごこく…

夏雲多奇峰(かうんきほうおおし)

禅 語(出典『彭沢集』) 夏の雲は空高くに湧き起こり、あたかも奇峰が連なっているように見える。 六朝(りくちょう;229~589)時代の東晋の詩人、陶淵明の詩句にある言葉。 「奇峰」と言えば、China四川省の中部にそびえる 峨眉山(がびさん)の奇岩を思…

看々臘月我盡(みよみよろうげつつく)

禅 語(出典『虚堂録』) 「看々」はみるみるうちにと言う意味の他に、よく見なさいという意味がある。 「臘」はここでは「命」のこと。 従って、自分の命が尽きようとしていることを、しっかりと見届けなさい、 ということ。 人生は味方によっては長くもあ…

萬里一條鐵(ばんりいちじょうのてつ)

禅 語(出典『人天眼目』) 一条の鉄線が万里の果てまで、真っ直ぐに続いている。 このように、途中で横道にそれることなく、一つの道を最後まで歩き続けなさい、 ということ。 「一條鐵」とは、どこまでも続く一本道の事で、絶対的な心理や純粋な心を指す。…

無事是貴人(ぶじこれきにん)

禅 語(出典『臨済録』) 何事もしない人こそが貴人である、ということ。 臨済禅師の言葉であり、禅師は 「無事是れ貴人、但だ造作すること莫れ平常なり」と説いた。 「無事」とは「無為」のこと。 つまり、何の造作を加えることもなく、一切の計らいを配す…

坐看雲起時(ざしてはみるくものおこるとき)

禅 語(出典『王維詩集』) 天地自然と一体化した境地の事。 唐代の詩人で、画家でもある王維の「終南別業」という詩の一節で、 「行至水窮處」(ゆきてはいたるみずのきわまるところ) の後に続く一句である。 川の流れを辿っていくと、いつの間にか源に至…

紅爐一点雪(こうろいってんのゆき)

禅 語(出典『碧巖録』) 真っ赤に燃えている炉に、一片の雪が舞い落ちて瞬時に無くなるように、 跡形を残さないこと。 人間の儚い命や寿命、 また煩悩や妄想が一瞬のうちに消え去る意味でもつかわれる。 正確には「紅爐上一點雪」。 禅の悟りを体得した人は…

本来無一物(ほんらいむいちもつ)

禅 語(出典『六祖檀経』) 人間は本来裸であり、一物も持たない、ということ。 「本来」は元々、「無一物」は何もないという意味。 禅宗の六祖慧能禅師が自らの悟りの境地を、この一句に託した。 人間葉物を所有すれば、その者に執着して妬みや争いが生じる…

日々是好日(にちにちこれこうにち)

禅 語(出典『碧巖録』) 毎日毎日がかけがえのない最良の日である、ということ。 唐代の禅僧である雲門禅師の言葉で、広く知られた禅語の一つ。 人生には、晴れの日もあれば雨の日も、 また楽しい日もあれば悲しくて辛い日もある。 しかし、悲しい時は泣い…

東山水上行(とうざんすいじょうこう)

禅 語(出典『雲門広録』) 東の山が水の上を動いていく、ということ。 唐代の雲門禅師の有名な言葉で、禅の公案によく使われる。 ある時、雲門禅師が一人の僧に 「如何なるか是れ諸仏出身の処」と問われた。 これに対して、禅師が答えたのが、「東山水上行…

拈華微笑(ねんげみしょう)

禅 語(出典『無門関』) 真の師弟関係に言葉は要らない。 なぜなら、お互いに心が通じ合うことが何よりも大切だからである。 釈尊は晩年のある時、蓮華の一枝を取って無言で弟子達の前に差し出した。 すると迦葉がその意を悟って微笑し、 これを見た釈尊大…

悟無好悪(さとればこうおなし)

禅 語(出典『信心銘』) この句の前に 「迷生寂乱」(まよえばじゃくらんをしょうじ)がある対句。 迷いが生じれば心が乱れ、「これが好き、あれが嫌い」という意識が生まれるが、 迷いから脱却して悟れば、そうした好悪がなくなる、ということ。 「寂乱」…

和敬清寂(わけいせいじゃく)

禅 語 千利休の茶の精神を四つの規範として言い表した言葉で、 茶祖・珠光が創唱したものとされる、禅の神髄に繋がる言葉でもある。 「和」は、囚われの心から脱却して、和らいで混じり合うこと。 「敬」は、敬い尊敬すること。 従って、「和敬」とは、 主客…

一期一会(いちごいちえ)

禅 語(出典『山上宗二記』『茶湯一会集』) 一生あるいは生涯において、 ただ一度きりの会合、出会いということ。 一瞬一瞬に全身全霊を傾ける心の持ち方を言う。 『山上宗二記』には、 「常の茶湯なりとも、路地へ入るより出るまで、 一期に一度の会のよう…

千里同風(せんりどうふう)

禅 語(出典『景徳伝燈録』) 遥か彼方まで同じ風が吹いていること。 この語句の前に「君子」がつけば、 どこにいようとも君子の風格や説くことは全く変わらないということである。 「千里」には、遠方という意味の他に、至る所、どこへ行っても、という意味…

普化振鈴(ふけしんれい)

禅 語(出典『五燈会元』) 自分の役割を終えたら、鈴の音だけを残してサッと消え去ること。 唐代の普化禅師の話として有名な言葉である。 普化禅師は鈴を振って遊行した禅僧として知られるが、 その普化禅師が、臨済禅師を助けて一緒に衆生を教化した後、 …

啐啄同時(そったくどうじ)

禅 語(出典『碧巖録』) お互いの息がピッタリ合うこと。 禅宗では修行者と師僧との間における、悟りの機縁を逃さない一如一体の働きを言う。 茶の湯での主客の他、親子や夫婦などの間にも通じる言葉です。 表千家八世・啐啄斎宗左の名はこの、「啐啄の機」…

至道無難(しどうぶなん)

禅 語(出典『信心銘』) 一つの道に至ることは決して困難なことではない。 「至道」は、『荘子』在宥篇の中に出てくる言葉で、人の歩むべき最高の道のこと。 しかし、そのような至高の道に到達できるのは実際には容易なことではない。 では、どうすればよい…

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